福井・あわら温泉の観光DX - 地域の稼ぐ力を引き出す「観光マーケティングプログラム」(後編)

福井・あわら温泉の観光DX -  地域の稼ぐ力を引き出す「観光マーケティングプログラム」(後編)
Photo by Vadim Sherbakov / Unsplash

芦原温泉旅館協同組合様を対象に実施してきた「観光マーケティングプログラム」。前編では、宿泊データの扱われ方やマーケティング施策への取り組み状況を共有し、観光協会と各宿がそれぞれ置かれている前提や課題意識の違いを整理してきました。そこから見えてきたのは、マーケティングの優先度が上がりにくい背景と、連携や共創を進める上での構造的な難しさでした。

福井・あわら温泉の観光DX -  地域の稼ぐ力を引き出す「観光マーケティングプログラム」(前編)

後編では、当社が伴走する中で取り組んだ具体策をご紹介します。学んだ知識が現場で生きる体制づくり、観光協会がハブとなる連携モデルの試行。宿泊データをもとにしたマーケティング施策の推進や、宿泊客のレビューから見える「伝わっていない価値」を発信する考え方も共有されました。こうした試行錯誤を経て、地域一体のプロモーション活動と継続運営に向けた仕組みづくりが動き始めています。

本記事では、あわら温泉という現場で積み重ねてきた取り組みを通して、観光DXの実践プロセスと持続可能性のヒントをお伝えします。

1. 学びを実践に移すために

課題(優先度の低さ・リソース不足)にどう向き合うか

前編では、観光DXやマーケティングの重要性は多くの場面で共有されていた一方で、「日々の業務に追われて手をつけられない」「接客や清掃が優先される」といった声が各所から聞かれました。「やった方がいいとは思っているが、時間や人手の制約が大きい」と感じている宿も多く、優先度の低さは、個々の意識というよりも、構造的な事情の中に要因があると再認識されました。

こうした状況を踏まえ、後半フェーズでは二つの観点から対応策を話し合いました。一つは、上層部の理解も含めて「なぜ今この取組を行うのか」「何が数字として変わるのか」を可視化する方法です。たとえば、SNS投稿に取り組んだ宿が、自社予約比率の増加やPV数の推移を把握し、その成果をエリア内で共有できれば、他の宿にも伝播し、マーケティングの優先度や取組の前提が見直されていく可能性があります。ただし、実際には各宿が日々の業務に追われているため、そうした成功事例が十分に共有されにくい現状もあります。

もう一つは、限られたリソースでも継続できる仕組みづくりです。AIを活用した記事の見出しや構成の自動生成、音声入力による原稿作成、SNS投稿用のテンプレート設計など、宿側の作業負担を軽減する具体的なアイデアが複数共有されました。こうした実用的な工夫が、現場の感覚に寄り添いながら少しずつ実行に移されていくことで、情報発信やマーケティングに必須となるリソースというハードルを下げる助けになります。

学んだスキルを現場で活用するためには

プログラムでは、宿泊データの読み解きやターゲット設定、情報発信を改善する方法など、業務に直結するスキルや考え方を共有してきました。しかし、それを日常の現場で継続的に活用するには、個人の努力だけでは難しく、組織としての理解や支援が不可欠であることが、繰り返し議論されました。

特に印象的だったのは、現場のスタッフが取り組みやすくなるかどうかは、上層部の理解と後押しがあるかどうかに左右されるという点です。「SNSや記事発信が売上にどのようにつながるのか」「この取組がなぜ必要なのか」を上層部が認識していることで、現場の行動にも自信と納得感が生まれ、広告施策等に必要となる予算の確保につながります。

また、学んだことを試し、成果を出すという循環を維持するためには、インセンティブ設計も重要な視点です。たとえば、SNS投稿によって予約が増えた、記事発信をきっかけに問い合わせが入ったといった具体的な成果に対しては、役職や部署を問わず、一定の評価や報酬が与えられる仕組みがあることで、取り組みの継続意欲を高めやすくなります。こうした視点は、現場の学びや実践を一過性のものにせず、組織の中で持続的に活用していくための構造的な工夫として、今後の改善の方向性として共有されました。

2. 観光協会を中心とした地域連携の新たな形

あわら市観光協会を中心とした連携モデルの設計

本プログラムでは、観光協会が「旗振り役」ではなく、各事業者の取組を整理し、地域全体にとって意味ある形でつなぎ直す「翻訳者」のような立場を担いました。各宿が日々行っている小さな改善や工夫を、外部の視点で言語化し、観光協会が発信することで、宿自身では気づきにくかった強みが可視化され、他宿との違いを観光客に伝えるきっかけにもなり得ます。

参考:あわら市観光協会公式サイト HAPPYコラム

たとえば、ある宿ではカーボンゼロの実現に向けた取り組みや、環境学習の受け入れを通じて、SDGsに根ざした価値を提供しています。他の宿でも、料理へのこだわりや接客品質を軸に据えた情報発信が行われています。こうした宿が独自に持っている価値観や考え方は、宿泊者にとって「その宿を選ぶ理由」となり得る重要な魅力であることを、改めて関係者の皆様に認識いただく必要がありました。

そして、こうした特色を宿単体で発信するだけでなく、観光客にとってより分かりやすく、魅力が伝わるかたちにするために、観光協会が中立的な立場から情報を整理・編集し、外部の視点で価値を言語化する取り組みが行われました。このプロセスを通じて、発信内容の質と精度が高まり、情報の届き方にも変化が生まれつつあります。当社では、あわら市観光協会の担当者とともに、宿へのインタビュー項目の設計や記事の校正といった工程を伴走し、地域の魅力を構造的に伝える仕組みづくりを支援しました。

Slackでのコミュニケーションを軸とした施策の横展開や意思決定のスピードにも変化が現れ始めており、あわら温泉における地域連携が少しずつ形になってきています。

宿泊データを起点とした協議の継続

プログラムの全期間を通じて、エリアPMSデータを活用し、月次の宿泊実績をもとに販促施策を検討する体制づくりが進められました。特に、前年同月との比較や自社予約率の変化、近隣温泉地との比較など、実際の予約状況に基づいて仮説を立てながら毎回議論が重ねられ、「どの客層が減っているのか」「閑散期をどう埋めるか」といった具体的な問いが事業者間で共有されるようになりました。

全員で同じデータを共有することで、「どの客層がいつ減少しているのか」「リードタイムに変化が見られるか」といった、個別の宿では見えにくい傾向にも気づきが生まれます。たとえば、「この期間は首都圏の予約リードタイムが短縮している」「この季節は関西圏からの集客が弱い」といった分析結果が共有されると、それをもとに「この時期に広告出稿を集中させるべきではないか」「SNS投稿の内容を早めに切り替えるべきか」といった、具体的なアクションを議論することができます。

こうした場では、個別の感覚や経験だけに頼るのではなく、共通のデータを起点に現状を把握し、販促の方向性を話し合うことが重要です。意思決定のスピードや質を高めていくうえで、こうした体制の整備は必要不可欠であると考えます。

3.「まだ伝わっていない価値」の発信

お客様のニーズに応える発信ができているか

あわら温泉エリアでは、各宿による情報発信は徐々に進みつつあるものの、内容の充実という点ではまだ伸びしろがあると感じられます。そこで当社では、顧客の視点に立った情報発信のあり方をあらためて問い直す機会を設けました。

たとえば、全国的に見ても、多くの宿が温泉や料理といった魅力を中心に発信していますが、実際のレビューを見ると「清潔感」や「掃除が行き届いていたか」といった内容に言及するコメントが圧倒的に多く、宿泊客が衛生面を非常に重視していることがはっきりと読み取れます。

しかし、プログラムに参加しているあわら温泉エリアの各宿の担当者に聞くと、個人としては「宿の清潔感が宿泊客の印象を左右する」と感じていたものの、自宿の発信内容を振り返ってみると、そうした視点が明文化されていなかったという声が多く聞かれました。エアコンフィルターの清掃頻度や浴場の衛生管理、備品の手入れといった日々の取り組みは当たり前であるがゆえに、発信の中で抜け落ちてしまいがちです。しかし宿泊客にとっては、そのポイントこそ「安心して泊まれるかどうか」を判断するうえで非常に重要な情報なのです。こうした視点は、果たして事業者側で認識されているのでしょうか。

本当に求められている価値は何か

清掃に関する項目は一例にすぎません。重要なのは、「お客様が何を重視しているのか」「どのような視点で宿を選んでいるのか」を正しく捉え、それに応える情報を丁寧に発信していくことです。宿が宿泊者数を増やし、顧客満足度を高め、結果として収益の向上を目指すのであれば、自分たちが力を入れている部分だけを一方的に発信するのではなく、お客様が実際に価値を感じているポイントに目を向け、それを伝える姿勢が求められます。

発信の内容が事業者側の感覚に偏ってしまうと、本来伝えるべき魅力が十分に届かず、選ばれるきっかけを逃してしまう可能性もあります。だからこそ、レビューなどのお客様の声を通じてニーズを読み取り、「この宿は自分の期待に応えてくれそうだ」と思ってもらえる情報発信が重要になります。さらに、そのニーズが満たされたお客様の声を次の見込み客に届けることで、期待と実感が連鎖し、信頼の積み重ねへとつながっていきます。

こうした視点を少しずつ積み重ねていくことが、これからの宿泊施設経営において、情報発信を単なる広報ではなく、「選ばれる理由」として機能させ、継続的な成果に結びつけていくための重要な土台になるのではないでしょうか。

4. 今回のマーケティングプログラムが生み出した成果

本プログラムでは、座学と実践を交互に重ねながら、参加者自身の業務と照らし合わせて考え、行動し、振り返るプロセスを丁寧に積み上げてきました。全体を通して見えてきた成果は、大きく3つに整理できます。

講義形式による知識蓄積とQ&Aでの理解深化

SEO、広告、PMSデータといった、これまで「気になってはいたが活用できていなかった」領域について、講義と質疑を繰り返しながら理解を深める時間が継続的に設けられました。たとえば広告に関しては、「CVRはどの程度を目安にすべきか」「自社の予算感に合った出稿方法はあるのか」といった具体的な質問が出され、他の宿と共通する関心事として共有されました。

外部パートナーとの協働が前提となる場面でも、「目的を整理し、基本用語を理解したうえで会話を始めること」の重要性が全体で確認され、情報発信や広告施策への向き合い方にも小さな変化が現れつつあります。学びを個人の知識にとどめず、実際に投稿や記事作成に取り組み、それを持ち帰って報告・改善する流れが形になってきたことも、今後の実践に向けた確かな土台になり得ると感じています。

担当者自身が「自分にもできる」「次はここを変えてみたい」と感じられたことは、今後の継続に向けた意欲の土壌として大きな意味があると考えます。

広告施策への理解と協働実践のサイクルが生まれた

広告を含むマーケティング施策を「出稿して終わり」ではなく、「目的・指標・評価・改善」という一連の流れとして捉えるPDCAサイクルの実践が重ねられました。たとえば、事前にCVRや自社予約比率といった評価指標を設定したうえで施策を行い、実際の成果をPMSデータなどで振り返った後、次回の改善策を会議で共有するといった流れが定着しはじめています。

こうした取り組みを観光協会と温泉旅館協同組合がともに追いかけたことは、宿単体では難しかった判断や振り返りを、地域全体の視点で共有・検討できる機会につながりました。広告や販促の取り組みが、個別の努力にとどまらず「地域でどう設計し、どう動かすか」を実感とともに考える経験になったことは、今後の継続的な協働の基盤にもなっていくと考えています。

参加者からは「今まで広告の効果を数字で振り返ったことがなかった」といった声が挙がりました。KPIという共通言語をもとに他宿の取り組みや成果と比較できたことで、「自社では何を優先すべきか」「次は何を試すか」を言語化しやすくなり、継続的に改善する視点が少しずつ育ち始めています。

各担当者による課題感の言語化

プログラム初期には、「何となくうまくいっていない」「何を改善すればよいか分からない」といった漠然とした感覚が多く見られました。しかし回を重ねるごとに、参加者一人ひとりの課題認識が明確になり、最終回では「清掃やサービスの魅力が発信できていなかった」「代理店との役割分担が曖昧だった」といった言葉で具体的に表現されるようになっていきました。

それぞれの気づきは小さくても、「自分の業務のどこに課題があるのか」「どうすれば少しでも前に進めるか」を自分の言葉で語れるようになったことは、このプログラムで得た最も実感のある成果のひとつだと感じています。課題の構造まで具体的に語られるようになったことは、業務全体の中でどこに改善の余地があるかを捉える視点が育ってきたことの現れでもあります。今後の取組においても、この実感に基づく課題認識が、現場の改善を持続させる力につながっていくはずです。

また、こういった各担当者の事業内容や構造そのものに対する考え方を、今回のプログラムのように客観的な目線を持っている人材にアウトプットする機会があることで、自らの考えを客観的に評価し、その時点での考え方の方向性を確かめる手段にもなりうるのではないかと考えています。これまではアウトプットの機会が少ないと、どうしても内部での評価に偏りがちで、顧客目線・将来的な目線での情報発信や企画のブラッシュアップに繋がりにくかったことも考えられます。

参加者の声(抜粋)

本プログラムについて

  • 成功事例は参考になりにくいが、失敗は再現性が高いので、失敗事例を共有しようと思っているが、伝え方が足りず巻き込めていない。
  • (本プログラムで実施した)広告結果を見て、事業者によって平均値は異なることを理解したので、継続してデータを溜めて、自社の平均値を出していく。

エリアでの連携について

  • 人的リソースの不足が本プログラムや各施策へのコミット不足に繋がる。人材育成には時間がかかるので、早く取り組むべき。
  • 各宿が足並みを揃えるためのプロセスについて、根本的な解決が必要。

自走に向けた体制づくりと人材育成

  • スタッフの仕事が作業になっていて、仕事の目的や意味を自ら作ることができない状況が課題。人材育成も施策に含めたい。
  • 1つのテーマに絞って具体的な施策に落とし込み、別のイベントで具体的なKPIを設定して達成に向けて動く必要がある。

5. プログラムの集結と今後の展望

自走につながる継続体制と日常への定着

たとえば、宿泊データやKPIの進捗をもとに月ごとに振り返るマンスリーレポート会議では、繁閑の傾向や広告施策の反応を定点観測し、次の打ち手を具体化する場として少しずつ定着しつつあります。この仕組みを維持することで、日々の業務に追われながらも、地域全体でマーケティングに目を向ける時間を確保する流れが共有されました。

さらに観光協会と各種委員会が連携し、交流・広報・賑わいづくりといった活動にマーケティングの視点を取り入れる動きも進みつつあります。小学校への講演、地域イベント出店、SDGsをテーマにした情報発信など、各分野の取り組みを相互に接続し、地域全体の方向性として共有していく基盤が整いつつある段階です。

宿泊データの精度向上や分析環境の強化に向けた声も出始めており、こうした基盤整備が整えば、短期的な販促だけでなく中長期的な集客戦略へと視野を広げることも可能になります。当社としても、今回のプログラムで培われた知識や意識が一部の担当者にとどまらず、協同組合の活動として持続していくことを願っています。

全国に向けたエリア内連携事例としての可能性

今回のマーケティングプログラムでは、地域の現場に根ざした小さな実践の積み重ねを繰り返してきました。宿泊データやレビューを手がかりに自らの業務や提供できる価値を見直し、できることから着手する。その積み重ねが、マーケティングを専門家任せにせず、「自分たちの言葉で考えられる」力につながるプロセスとして機能してきたと感じています。

このような試行錯誤は、観光地のDXや人材育成、地域内の役割分担といった多くの分野に通じる汎用的な土台となり得ます。実際、あわら温泉のように「自分たちで運営できる仕組み」を模索する動きは、国内でも少しずつ関心を集めています。福井県全体でも、エリアPMSの導入と活用が各地で継続的に進行しており、今後は複数エリアをまたいだデータ連携や広域的なマーケティング基盤の整備も期待されます。目的とKPIを共有してPDCAサイクルを回す仕組みは、他地域でも参考になる要素を多く含んでいます。

もし、地域内の事業者が連携し、地域の活性化やマーケティング力の向上を目指すのであれば、まずは「全員で共有できる課題を知ること」から始めてみてはいかがでしょうか。たとえば、「どの客層が減っているのか」「自分たちの魅力は誰に届いているのか」といった疑問や課題を、データや日々の実感と結びつけて言葉にしてみる。そうした対話を少しずつ積み重ねていくことが、地域内での連携や協働の出発点になるはずです。

今回のプログラムは、あわら温泉エリアという一つの地域でその試みを形にした事例として、多くの地域にとってのヒントになり得るのではないかと感じています。